私の原風景。

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あまり塾生にもその保護者の方にもお話したことはないのです。

でも、この年まで私がここに立ち続け、これからも
立っていこうと考えたのはこの出来事があったからと思っています。
リアルな部分もあるのでいろいろぼかしてはいきますが。。。

20数年前、私は兵庫県の東の方で学生で非常勤講師をしておりました。
その当時の神戸から東といえば灘、甲陽、六甲とか神戸女学院とか
名だたる難関中学がひしめき合い、
そして、塾の先生としてしても中学受験を担当する方が一番格が上
的に考えられていたように思います。
僕が思っていただけかもしれないですが、時給的には10000~20000
という方も珍しくありませんでした。今はどうかわからないですが。。。

僕もそこで中学受験の社会などをさせていただいていたわけですが、
ある生徒さん。結構優秀でした。
が中学受験をすることになりました。もう合格はほぼ間違いありません。
地元では非常に伝統のある中学・高校でそれほどレベルが高くはないものの
国公立大学の合格者も数多く出しています。

ところが不合格だったのです。
何があったかわかりません。
現実としてはさほど高い倍率ではありませんでした。
スタッフ一同、何があったのか本当にわからないのです。
それより、合格可能性の低い子が数多く合格しています。
10人、10数人、同じ塾から受かっているのです。
高校でも受験はできるし、気分を切り替えていこうね
というようなお話をしたように思います。我々もショックだったですね。

その子はその後公立中学で不登校になりました。
不登校が悪いわけではありません。
いろいろの事情もあるし、そこに至るには
しかし、その後の生き方に大きな影響を与えたのは確かです。
その子のその後を考えると。

聞けば、おじいさんの代からお父さん、お兄さん、おじさん
すべてその中学の卒業生。
一族全体が、その中学出身だったそうです。
私が考えるよりははるかに大きなプレッシャーだったのかも
しれません。

それそこが私の原風景といえる体験です。

なぜその子にプレッシャーと戦える気持ち、学力をつけて
あげられなかったのか。

なぜ受験の失敗。というその後の人生から見れば一点の曇りにしか
ならないような失敗で立ち直れなくなるような方向付けを
してしまったのか。

すべての原点はここにあるかもしれません。
もう2度誰のプラスにもならないような失敗のさせ方は
させたくないのです。

その当時ある塾では
「お前ら、灘合格しなかったら、人生の敗北者だからな。人間失格だ。」
みたいなことが公然と
言われていたそうです。伝聞なので事実かどうかはわかりません。

うちの塾もそして私もその真逆です。
人間は失敗する動物なのです。その失敗をどう乗り越えるかが
本当の人としての強さなのです。

実績至上主義ではありません。
優秀な生徒ではないかもしれない。
うちの塾が育てるのは。
でも、強い人間にはしたいのです。必要なのは、必要にされるのは
これからの時代、学業優秀でなおかつ人間として強いことだと思います。

これまでのブログをお読みいただいてる方には、不合格者への
メッセージが合格者よりも多いことを不思議に思われている
方もあるかもしれません。
でも私の原風景、原体験が失敗なので仕方ないこととお許し
いただければ、と思います。

失敗でめげない。
失敗でより強くなれる人間にしていきたいですね。

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